財政民主主義と国鉄運賃

租税の種類や額などについては、法律で決める(つまり国会を通す)、という原則がある。では租税以外で国家が徴収する金銭については、法律で決める必要があるかどうか。
例えば、国立学校の受験料とか、官営工場の製品価格などである。
これにつき、出来るだけ国会で決めるべきであるという立場(本稿では「国会主義者」と呼ぶ)と、そうでなく国立学校の校長などの現場の人間が決めればよいという立場(本稿では「役人主義者」と呼ぶ)が考えられる。

1.憲法制定~運賃法制定
日本国憲法は、「国会主義者」(国家が徴収する金銭について、出来るだけ国会で決めるべきであるという立場)に近い立場である。
憲法では、

第62条 新に租税を課し及び税率を変更するは、法律を以て之を定むべし。
2 但し報償に属する行政上の手数料及び其の他の収納金は、前項の限に在らず。

としていたものを、日本国憲法では第2項を削り

第83条 国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。
第84条 あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。

としている。つまり手数料・収納金も法律による(つまり国会を通す)べきだということになる。


これにより、財政法(昭和22年法律第34号)が制定された。

第3条 租税を除く外、国が国権に基いて収納する課徴金及び法律上又は事実上国の独占に属する事業における専売価格若しくは事業料金については、すべて法律又は国会の議決に基いて定めなければならない。

しかしここで、当時の経済状況から問題が出された。まず、終戦直後のインフレ期に多くの値上げが予想されるところ、わざわざ国会の議決を要するというのでは繁雑であるという点。次に、経済混乱期に政府やGHQが多くの価格統制を予定していたところ、これらにも国会の議決を要するというのでは政策の円滑な遂行の支障となるという点である。
そこで「役人主義者」(国家が徴収する金銭について、現場の人間が決めればよいという立場)的な立場から、財政法第3条は施行保留となった。

この際に政府は、財政法第3条にかかげる価格は、法律の定め、国会の議決を経なくてもよいことにする、という方針を立てた。「役人主義者」的な立場である。
ただそのうち、「公社」として国家が運営していた郵便、電話、鉄道の事業については、物価等の生活に与える影響が大きいために、やはり法律で定める(国会を通す)こととした。


こうして制定されたのが、特例法である。

財政法第3条の特例に関する法律(昭和23年法律第27号)
 政府は、現在の経済緊急事態の存続する間に限り、財政法第3条に規定する価格、料金等は、左に掲げるものを除き、法律の定又は国会の議決を経なくても、これを決定し、又は改定することができる。
 【1~2は省略】
 3 国有鉄道国有鉄道に関連する国営船舶を含む。)における旅客及び貨物の運賃の基本賃率

これにより、運賃の基本賃率(「何キロあたり運賃何円」)は、法律によることとなった。
それを受けて制定されたのが、国有鉄道運賃法(昭和23年法律第112号)である。

第1条 国有鉄道国有鉄道に関連する国営船舶を含む。)における旅客運賃及び貨物運賃並びにこれに関連する運賃及び料金は、この法律の定めるところによる。
第2条 旅客運賃は、普通旅客運賃及び定期旅客運賃とする。
2項 旅客運賃の等級は、一等、二等及び三等とする。
第6条 急行料金及び準急行料金は、別表第2の通りとする。
第8条 全体として国有鉄道の総収入に著しい影響を及ぼすことがない運賃又は料金の軽微な変更は、運輸大臣がこれを行うことができる。
第9条 この法律に定めるものの外、旅客又は貨物の運送に関連する運賃及び料金並びにこの法律に定める賃率の適用に関する細目は、運輸大臣がこれを定める。但し、鉄道営業法の規定の適用を妨げない。

一等、二等の運賃や、急行料金も、法律で決めることとされている。この時点では、国鉄の運賃料金については、かなり「国会主義者」に近い立場であった。
しかしこの後、徐々に「役人主義者」に変わっていく。

 

2.運賃法の昭和26年改正
国有鉄道運賃法は、国鉄運賃の値上げのたびに法改正されていく。
法改正のうち、制度の変化にかかわるものを見ていく。
 昭和24年改正 急行料金・準急行料金のほかに特別急行料金を設定
 昭和26年改正 急行料金等のほかに寝台料金を設定

 

昭和26年改正では、第6条に次のような第2項を加えている。

2項 日本国有鉄道は、客車に寝台その他特別の設備をした場合には、これらの設備の利用について、寝台料金その他の特別の料金を定めることができる。

ポイントは、寝台料金等について、「日本国有鉄道が定めることができる」としている点である。つまり、国会の議決や法律による規定を不要としている。これは、かなり「役人主義者」の発想に近い。全て国会の議決を通すべきであるという「国会主義者」の発想からは、離れている。

 

この改正で念頭に置かれている特別料金としては、特別二等車の存在がある。GHQ(民間運輸局)の指示で製造されたスロ60形は、二等車扱いではあったが今までの二等車より水準がかなり高かったので、特別な「料金」を徴収しようとしていた。ところがその「料金」を決めるためには法的根拠が必要であった。それが、上に掲載している第6条2項である。
 
3.運賃法の昭和44年改正
国有鉄道運賃法は、さらに法改正されていく。
ここでも、制度の変化にかかわるものを見ていく。
 昭和35年改正 旅客運賃の等級を、一等及び二等に変更
 昭和44年改正 等級制の廃止
 昭和48年改正 準急の廃止

 

昭和44年には、従来の2等「運賃」を、グリーン車の「料金」に変更している。

国有鉄道運賃法の一部を改正する法律(昭和44年法律第22号)
 国有鉄道運賃法(昭和23年法律第112号)の一部を次のように改正する。
 第2条第2項を削る。
【2項は「旅客運賃の等級は、一等及び二等とする。」】
 第6条中「客車及び船室の寝台その他」を「寝台料金、特別車両料金その他の客車及び船室」に改める。

ここで、「特別車両料金」が登場し、また「等級」が廃止された。
これについては疑義があった。というのも、運賃と料金を比較すると、料金は比較的その額が小さいから、わざわざ国会を通すまでもないというのが今までの考え方であったが、急行や特急の本数が多くなり、また寝台料金も高くなり、さらにグリーン料金もつくというのであれば、それは運賃とそれほど変わらない性質のものとなるのではないか、という疑義である。

これについて、法改正の過程の審議では、参考人が次のように述べている。

○清水参考人 運賃と料金の問題は、現行の法律上の規定に、運賃は国会の審議にまかす、料金については運輸大臣の認可にまかせる、といいますのは、それほど運賃と料金の面では、金額的にも運賃のほうに重要性のウエートが置かれていたということであります。ところが、最近の形になってまいりますと、徐々に料金が高くなってまいりまして、ほぼ運賃と同額のような形になってきている。その意味では、料金が運賃化しているということであります。そういう意味では、むしろ料金そのものも国会の中で御審議いただくほうが、私ども利用者としては非常にありがたいというふうに考えております。
 そこで、諸外国の料金制度の問題でございますけれども、特にヨーロッパの場合を例に引いて申し上げたいと思いますが、ヨーロッパの料金というのはシート・レザーべーション・フェアとして設置されております。いわゆる座席指定券であります。イギリスの場合は、距離によっても列車によっても違っておりますけれども、大体二シル六ペンスから四シル六ペンスの間であります。これは一等車の場合であります。それからヨーロッパの大陸に入りますと、御承知のようにTEE、トランス・ヨーロッパ・エクスプレスというのがございます。これは国際特急でございますし、デラックス列車でございます。これは一等しか牽引をしておりませんが、オランダのアムステルダムとパリ間の例をとりますと、一等の座席指定料金が千三百円でございます。そうなりますと、料金だけを押えますと、日本とTEEなりあるいはイギリスの例と比べると、これは非常に格差がついている。このことだけ見ましても、料金が高い、安いというよりは、料金そのものの質が変化をしてきてしまっている。これに対応し得るような法改正なり審議の方法が今後望ましいのではないか、かように私は考えております。

料金が高くなり、ほぼ運賃と同額のような形になってきている。ゆえに料金も、運賃と同じく国会を通すべきではないか、というものである。「国会主義者」に近い。
そのうえで、次のようにも述べている。

○清水参考人 それから利用範囲の問題でございますけれども、大まかに申しますと、階層別では、国鉄の利用者は従来よりは徐々に大衆化をしているというふうに考えております。なぜかと申しますと、高級旅客は航空機にとられているということであります。これが今回の運賃の改定の場合にも、一等という等級制を廃止する重要な背景になっているのではないか。

航空機との競争上、1等は廃止する、という判断(経営判断である)である。
ここで問題は、その判断を誰が行うか、ということである。経営判断であれば、柔軟な対応ができるのは鉄道の専門家である国鉄経営陣であり、運輸省の役人である。一方、鉄道運賃・料金は公権力(独占公共事業体)による金銭収受という側面があり、そうであれば国民の代表たる国会が、法律をもって決定すべきである、という点になる。
このころは、国鉄の累積赤字が問題となる一方で、新幹線を全国に伸ばしていく計画が進められていたころであるので、国鉄のことは国鉄が決めればよいという「役人主義者」的な発想が強くなったのであろう。

 

4.運賃法の昭和52年改正
さて、国有鉄道運賃法は、昭和52年に大きな転換点を迎える。
附則第10条の2が制定されたのである。

附則第10条の2 当分の間、鉄道の普通旅客運賃の賃率、航路の普通旅客運賃又は車扱貨物運賃の賃率は、第3条第1項、第4条又は第7条第2項の規定にかかわらず、運輸大臣の認可を受けて日本国有鉄道が定める賃率又は運賃による。

「当分の間、賃率は日本国有鉄道が定める」というものである。法改正趣旨は「国鉄がその自主的な判断に基づき適切な収入を確保することができるように措置すること」である。ここではかなり大きく、「役人主義者」の立場に近づいている。
 
ここでも、法案審議時の議論をみてみる。

○高平公友君 本法案は、暫定的に運賃改定について一定の限度を法律上明らかにした上で、具体的な額の決定について運輸大臣の認可を受けて国鉄が定めることにしようとするものでありますが、その限度につきましては、毎年の物価変動に伴う経費の増加見込み額とし、その範囲内で経済社会の動向、他の交通機関との関係を考慮しながら、国鉄の自主的な経営判断に基づき適時適切に運賃改定を行えるようにしようとするものであって、まことに現実的な考え方であると思われます。

 

田代富士男君 反対理由の第一は、今回の改正案は財政民主主義に反するということであります。国鉄運賃が、国会の審議の場で、運賃法の改正という厳格な手続になって決定されている最大の理由は、国鉄運賃の安易な値上げによって、国民生活に与える大きな影響力を無視できないからであります。
 しかるに、今回の法案では、運賃値上げの上限がまことに不明確なまま大臣認可にゆだねられることになるのであります。しかも、運賃値上げによる再建が不可能な現在の客観的な情勢下にあっては、政府の助成案を明確にしない限り、「当分の間」がいつまでも続くことになるという矛盾さえはらんでいるのであります。これらの内容は、財政民主主義という法定制の趣旨を逸脱した暴挙として厳しく批判されるべきであります。

 

○内藤功君 財政法の三条との関係で大きな問題があるんです。財政法三条は、国会の議決または法律に基づいて国鉄運賃等を定める、運賃、料金を定める、こういう規定であります。これは国民から金を取るのでありますから、税金に準じて国民にわかるように、どのくらいのお金の負担がくるかということを明らかにするということが一つと、もう一つは、国権の最高機関である国会に財政上の権限を任すという民主主義の観点と、この二つがやっぱり私はあると思うんです。これは私だけの考えじゃない。
 そのために、その法律に基づいてできるだけ運賃や料金を明らかにする、国民にわかりやすくするということが財政法三条の要求だと思います。これは私だけじゃなくて、立案に参画した平井平治氏の著書がある。「財政法逐條解説」という本ですが、この中には「単に政令の定めるところによる」というような抽象的なものであってはならない。少なくとも、その「料金の限度が客観的に判明する程度のものでなければならない。」と、規定の仕方は。こういうふうに言っております。これは分析をしますと、一つは、料金の限度を法文上明らかにすること、二番目は、それが客観的に判明する程度に明らかにしなければいけないということを言っておるのであります。
○政府委員(住田正二君) この問題につきましては、前国会のこの委員会で内藤委員にいろいろお答えをいたしたわけでございますが、今回また同じお答えになると思いますけれども、私どもは、財政法三条の法律に基づいてという基づき方についてはいろいろ幅があるというように考えているわけでございます。で、国鉄のようにいまや独占性がきわめて薄くなっているような事業につきましては、法律で賃率を明示しなくても、法律の中に賃率の決め方を定めておけば、それで財政法三条に基づいているというふうに解釈できるのではないかと考えております。

ここで挙げたうち、反対意見に共通するのは、財政民主主義(「国会主義者」)および財政法3条との抵触である。一方賛成意見では、国鉄の自主的な経営判断に基づくことが現実的であること、国鉄の独占性が薄くなったことが挙げられている。
他の交通機関との競争が激しくなり、国鉄の赤字も非常に大きくなった状況では、国会を通すよりも国鉄が決定すればよい、という流れである。


ここで考えてみると、同じ「役人主義者」であっても、昭和44年の等級制廃止の時点とは少し状況が異なるのである。等級制廃止の場合は、競争に備えて弾力的に値下げしたいというのが主眼であったが、今回の昭和52年改正では、国会を通すと値上げがしにくくなる(議員は利用者(国民)の投票で選ばれている)ので国鉄が決めたい、という意識があるのである。

ただ、国会を通すという運賃決定方法が、いままで適切な運賃の設定にとって有益ではなかった、という考えは広く持たれていたようである。
 
その後国鉄は、昭和61年の日本国有鉄道改革法により民営化され、国有鉄道運賃法も昭和61年法律第93号により、鉄道国有法などと同時に廃止された。